ぼくのオタク人生(あかりちゃんのお出かけ)

鉄道の話多め、文章はだんだん雑に。

小山車両センターに最後まで残った115系Y427編成

小山電車区(現小山車両センター)所属の115系は2004年10月をもって宇都宮線の定期運用から退いた。
高崎線からはすでに撤退済みだったため、小山区の115系は続々と廃車になるなどして、姿を消していった。
しかし、1編成だけ幸運115系がいた。それがY427編成である。
予備車兼訓練車として、定期運用を失った後も小山車両センターに残り続け、2006年には快速むさしの奥多摩として活躍した。


2007年頃、JR東日本115系湘南色と言えば、小山から消えたとはいえ、高崎車両センターに大量に残っていた。
でも、中学生だったぼくは、小山区のY427編成に対して、高崎の115系には無い魅力を感じていた
小山の115系300番台、高崎の115系1000番台
岡山に行けば湘南色115系300番台なんて腐るほど見れるという意見もあるだろう。
しかし、中学生の財力で岡山に行くのは厳しい……。
そんな時に、近場にいた115系300番台Y427編成はとても輝いて見えたのである!


当時のぼくには、列車の運用を調べたり、一人で撮影に出かけたりする行動力はなかった。
Y427編成を撮影する機会が訪れたのは、家族で東北に帰省するときのことだ!
宇都宮線で小金井を出ると、小山車両センターの横を通る。
その時、Y427編成の姿を拝めればいいなぁ……、と漠然と考えていたら、ななななんと、Y427編成は一番手前側に留置されていた!!!!
シャッターチャンス到来!
ぼくは夢中でシャッターをきった。
その渾身の一枚が下の写真である。

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お世辞にもうまい写真とは言えないが、当時のぼくはこれが撮影できてとても嬉しかった!

この写真を撮った数か月後、Y427編成は廃車のため長野に回送されたそう……。
本当にギリギリのタイミングだったようだ。


しなの鉄道115系リバイバル初代長野色(S7編成)と現行長野色

今、しなの鉄道が熱い。
信州ディスティネーションキャンペーンに向けて、115系電車のリバイバルカラーが3本登場することになったのだ。
その第一弾として、初代信州色をまとった115系が、2017年4月27日から走り出している
第二弾は湘南色が5月20日に登場予定
第三弾はこれからのお楽しみということで、発表が楽しみだ。


国鉄時代のカラーリングを復刻してくれるイベントは全国に腐るほどあるが、JR初期のカラーリングのリバイバルの例は少ない。
初期のJRが好きなぼくとしては、これはぜひとも行きたい!
というわけで、撮影に行ってきました。


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軽井沢~中軽井沢間で撮影
初代信州色は1989年4月に登場。緑色はさわやかな山を、赤色は紅葉と県民の温かさを表現しているとのこと。
長野オリンピックに向けて、1992年から新しいカラーリングに変更されていつの間にか消滅していた。
ぼくが生まれる前には消えていたということだ……。


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小海線との並び。旧信州色がバリバリ現役だった時代を知らないから、懐かしいという気持ちにはならないけど、写真集でしか見たことが無いカラーリングの実物が見れるのは、感慨深いものだ。


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こっちが現行の?信州色。
JR所属の115系は、211系に置き換えられて車両自体がほとんど残っていないが、しなの鉄道には辛うじて残っている。
ただ、それも近いうちにしなの鉄道色に塗り替えられる予定で、いつまでこの爽やかなカラーリングが見れるかは分からない
早めに記録しておくのが良さそうだ!


ちなみに、リバイバル企画の第三弾、ぼくはコカ・コーラ電車の復刻を期待しています!!!!
自販機まで設置してくれたら、ジュース買いますよ!!!






グリーンライナーの生き残り 417系訓練車

仙台の電車と言えば、どんな色を思い浮かべるだろうか???


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みんな大好き701系(ぼくも好きだよ、うん……)。多くの人がこの色を思い浮かべると思う。


しかし……。
国鉄末期から2000年代中ごろまでは別の色の電車が幅を利かせていた。

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455系。上の写真は457系だが、実質455系だと思っていただいて大丈夫だ。

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常磐線を中心に運用されていた717系。

この白と濃い緑の組み合わせ、いわゆる「グリーンライナー」が仙台の電車の証だったのだ。
417系、455系、717系の3系列がこのカラーだったが、時代の流れに逆らえず、仙台にも銀色電車が増えていった。
そして2007年、E721系が導入されると、「グリーンライナー」は瞬く間に置き換えられてしまったのである……。
いくら地方都市とはいえ、仙台圏で2ドア車では役不足だったようだ。

そんなこんなで約20年の歴史に幕を閉じた「グリーンライナー」。
しかし、引退から10年たった2017年の今でも仙台で「グリーンライナー」を見ることができる!!!!

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!!!!!!!!
ななななんと!!
訓練車として417系が一編成、まるまる残っているのだ!!
現役時代はK−4編成として運行されていた。
訓練用の機械という扱いのため、お客さんを乗せることはできないが、きちんと自走できる
実質動態保存だ。

この訓練車は普段は東北本線利府支線の新利府~利府間に留置されているようだ。
JR東日本は訓練車を減らしていく傾向があるので、この417系もいつ無くなるかわからない……。
一昔前の仙台の電車の面影を感じたい方は、ぜひ利府支線へGO!!!!

東武東上線の旧接近放送と言えば!!

東武東上線の駅放送のアナウンサーは、男声は関根正明さん、女性は大原さやかさんという、首都圏の私鉄ではおなじみのコンビだ。
導入当初は違和感があったが、すっかり東上線に馴染んでしまった。


今の放送もいいけど、久々に東上線の駅の旧接近放送が聞きたい!!
そう思って、ネットで調べてみた。

s-toujou
検索でヒットするのは、確かにどれも東上線の旧放送なんだけど、ぼくが思っていたのとは違う。

それでもめげずに、根気強く探していたところ……。

ついにぼくが探していた旧接近放送が出てきた!!!

youtu.beこれだよ、これこれ!!

2000年前後に東上線沿線で幼少期を過ごしたぼくにとって、東上線の旧接近放送と言えばこれである!
特に通過放送は鮮明に覚えている!!

最後に、せっかくなので、旧通過放送の文面を文字で書き起こしておこうと思う。

●番線 お下がりください。 今度の ●番線は 通過電車です。 ご乗車できませんから ご注意ください。
●番線を 電車が 通過いたします。 危ないですから 白線の内側まで お下がりください


真夏の西日本周遊 九州編 その05 鹿児島最終日 2015.8.16-17

鹿児島中央駅に停車中の415系。鹿児島の415系は配属が少ない割には、朝夕はかなり高頻度で見かけます。



くず物入れが設置されているのが鹿児島の415系の特徴と言えるでしょう。



指宿枕崎線の主力、キハ200形。菜の花をイメージした鮮やかな黄色が美しいですね。



のんびり鹿児島中央駅で撮影してると、他とドアエンジンが異なるFk517編成がやってきたので伊集院まで乗り鉄をして再び鹿児島中央まで戻ってくるという最高に無駄な時間を過ごしました(汗)。



それでも9時を過ぎていないので、まだまだ新幹線で博多まで行くことも可能(いかないけど)。確か鹿児島中央まで来るつばめ号は結構少なかったはずです。


この後は、雨に濡れながら駅前のダイエーで半額の焼き鳥を買い、ホテルで晩酌をしていたのでした^ ^。




翌日


市電に乗って鹿児島駅へ。



私の中で鹿児島市電と言えばこの車両のイメージが強いです。1000形。



進行方向右手に桜島を見つつ、日豊本線を上っていきます。緑色のUVカットガラスの窓からお分かりいただけるように、乗車車両は817系です。



鹿児島の一駅隣の竜ヶ水駅。利用者が極端に少ないためSUGOCAエリア内にもかかわらずSUGOCAが使えません。さらに普通列車の半数がこの駅を通過します。
土砂崩れの際に機転を利かせた乗務員の行動によって多くの乗客の命が守られたというエピソードの舞台でもあります。詳しくはググってみてください。



宮崎の方の雷雨の影響で対向の特急列車が遅れていました。こういう時は単線のデメリットが目立ってしまいますね。



隼人駅。駅舎は水戸岡さんのデザインでしょうか。ここから肥薩線に入っていきます。



築100年を超える木造駅舎があり、鹿児島空港の最寄り駅でもある嘉例川駅。残念ながら停車時間が僅かだったため、きちんと撮影できず……。
撮影のために一瞬だけホームに降りた鉄道マニアがいたけど、危うく置いていかれそうになってた。



吉松駅の手前の栗野駅では列車交換のため停車時間が長めに取られていました。先ほど置いていかれそうな人がいたため、運転士さんが「ここでは長く止まるから降りてもいいよ」と言っていました。
正直ここで長いこと止まられてもねぇ……。



現在は肥薩線の単独駅ですが、1989年までは山野線という路線が乗り入れていたそうです。



肥薩線の運行の拠点となる駅の一つで、吉都線との乗換駅でもある吉松駅。大半の列車がこの駅で乗り換えになります。



列車の本数は少ないですが、乗換駅なだけあって、ホームには売店がありました。吉松からは「しんぺい」号に乗車し、肥薩線の旅を続けていきます。


~つづく~

真夏の西日本周遊 九州編 その04 桜島フェリーと指宿枕崎線 2015.8.16

   

この日の午前中は桜島フェリーに乗船して、噴火活動中の桜島へ。24時間運航で非常に便利なフェリーです。



運賃全ては桜島で回収するため、鹿児島側から乗るときに切符を買ったりお金を払ったりするようなことはありません。直接船に乗っちゃいます。



桜島フェリー名物「うどん」。乗船時間が短いため、乗ったらすぐに買いに行くのが鉄則。香川の人に言わせればイマイチらしいですが、東日本の人間には十分なくらいおいしかったです。



15分ほどで桜島到着でございます。



桜島桟橋。特に観光の予定はないので、次の便で鹿児島に戻ります。
いつも通りのトンボ帰り。



午後は指宿枕崎線乗りつぶし! 指宿のたまてばこ……には乗りません^ ^。



貧乏学生はおとなしくこっちですね。



開聞岳には雲がかかっています。
西大山駅で一瞬だけ降りて撮影しようとしていた鉄道ファンが置いていかれてしまいました……。停車時間がわずかな時は気を付けないといけないですね。



終点の枕崎に到着。線路状態が悪すぎて揺れまくっていたので、結構疲れました。



最南端というわけではないですが、南の果てに来た気分になります。





枕崎という地名は耳にしたことがある人も多いかと思いますが、駅自体は線路が一本だけの無人駅。昔は鹿児島交通が乗り入れていて、さぞ賑やかだったのでしょう。




駅前のタイヨーというスーパーで食料を買って、あまり評判がよろしくないらしい いわさきバスで鹿児島中央駅を目指します。指宿枕崎線の折り返しまで1時間以上ありましたし、盲腸線をそのまま折り返すのはあまり面白くないので……。



再びJR鹿児島中央駅です。特急はやとの風号。普通列車から特急列車まで幅広く担当する気動車はキハ40系列くらいしか聞いたことがありません(爆)。



817系で鹿児島本線川内駅へ。



新幹線開業によって鹿児島本線は分断されてしまいました。川内より先は肥薩おれんじ鉄道になります。全国の並行在来線関係の三セクの中でもかなり経営は苦しいそうです。



ちょうど肥薩おれんじ鉄道の列車がやってきました。JRに一駅だけ直通する隈之城行きです。


特にやることはないですが、変に乗り残しを作らないためにわざわざ川内までやってきたわけです。
新幹線開業後もJRとして残った区間と三セクに分離された区間の格差を思い知らされて、とても複雑な気持ちになりました……。
この後は先ほど乗ってきた列車の折り返しで鹿児島中央駅に戻ります。


~つづく~

2008年2月の東武鉄道,野岩鉄道,会津鉄道 東武6050系 JR485系きぬがわ号 元名鉄キハ8500系AIZUマウントエクスプレス

2008年2月、今(2017年2月)から約9年前に鬼怒川方面に旅行に行った際の記録です。
今は見られない車両もあれば、今と変わらない部分もありますが、新型特急リバティの導入を中心とした東武鉄道のテコ入れで、大きく様相が変わりそうな鬼怒川地区の鉄道を取り上げてみたいと思います。
 
2006年の区間快速新設で、このころにはすでに快速は貴重な存在に。
 
 
JR485系による特急きぬがわ号。東武線を走る485系、一度乗ってみたかったです……。日光線内は120km/hで爆走していたのでしょうか。
 
 
浅草口への乗り入れがなくなると噂の6050系。個人的には残念ですが、都内に2ドア車が乗り入れても邪魔なだけなのでしょうね。西武4000系も池袋口への乗り入れは休日に限定されていますし……。
 
 
ところは変わりまして野岩鉄道川治温泉駅川治温泉で一泊した後の写真です。
 
名鉄キハ8500系で運行されていたAIZUマウントエクスプレス。もともと高速運転を前提に設計されていたキハ8500系は会津鉄道には不向きでエンジン回りの劣化が激しく、車齢の割に早めに引退することになってしまいました。
 
 
名鉄特有のレタリングも健在でした。
 
 
土休日を中心にJR磐越西線喜多方駅まで足を延ばしていたAIZUマウントエクスプレス。私鉄とJRを直通するという意味では名鉄時代も会津鉄道時代もその役割は変わりませんでした。会津の山奥からは引退してしまったキハ8500系ですが、一部の車両は遠く離れたマレーシアで再び活躍しているというのも興味深いですね。そんなしぶとさもキハ8500系が名車であり続ける理由なのかもしれません。
 
 
専用の幕も用意されていました。
 
 
龍王峡駅にて。この駅に浅草行きの無料優等列車が来ることもなくなってしまうかも!?
 
 
 
 
          
こちらも区間快速浅草行きの写真。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは今後も活躍を続けるであろう日光鬼怒川会津地区のローカル運用。浅草口での運用はなくなっても、末長い活躍を期待したいところです。
 
 
あかりショッピングセンター
~おしまい~